ソリドから出ている「ALAIN PROST COLLECTION」の中の1台。さすがはフランスブランド、という企画ですね。
1980年はプロストがF1にデビューした年。本人の回顧録も載っています。「マクラーレンM29にはいい思い出と後悔が入り交じっている」そうです。
結果を見ると、デビュー戦のアルゼンチンGPで6位、第2戦のブラジルGPでは5位に入賞しているのに、第3戦の南アフリカGPでは予選不通過。第4戦のロングビーチGPには出走していません。南アフリカGPで何があったのか。
以下はオートスポーツ1980年5-1号から。
「マクラーレン・チームは、ここキャラミでは天中殺とでもいうべきほど不運だった。水曜日の公開練習中にアラン・プロストは本番車を台無しにしてしまう。」
「コースを外れてバリアへ激突! モノコック前部にひどいダメージを受け、プロスト自身も左足に裂傷を負った。それでも彼は旧型のスペアカー(オリジナル仕様のM29)に乗り換え、1回目の予選に臨んだ。」
「こんどは“エッセンス”ベンドでリア・サスペンションが壊れてコーナーを飛びだし、再びバリアへ突っ込んだ。」
「車のほうは2回めの予選に備えて修理できたが、プロストの左手首の骨が折れており、決勝レース出場は不可能となってしまったうえ、次のロングビーチのUSウエスト・グランプリの出場もむずかしいようだ。」
「『事故後すごく痛んで、夜にはいって腫れ上がった。左手ではもう何もできない状態ですよ』とプロスト。金曜日にパドックへ現れたときには、左手は固定され、包帯で吊って、見物側にまわった。」
「天中殺」という単語が時代を感じさせますが、なるほど、これでは「いい思い出と後悔が入り交じり」ますね。
結局、1980年のプロストのドライバーズランキングは15位。順位はブラジルGPの5位が最高でした。
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