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2013年9月7日土曜日

シャドウDN8/R.ゾルジ/1977年/スパーク



シャドウDN8の初期が欲しかったので購入しました。送料込みで6428円。

スパークのDN8は、1976年モデルを1台、1977年モデルを2台持っています。今回買ったのは1977年のロングビーチGPモデルです。

ちなみにこの年のロングビーチGP、オートスポーツ1977年6-1号を見ると「アメリカ・グランプリ・ウエスト」という表記になっています。

今回モデル化されたのはゾルジのマシン。予選20位はでした。記述は「11列めにはビンダーとゾルジ。」だけです(笑)。本戦は27周でリタイア。記事では次のように触れられていました。

「その間には、ゾルジのシャドウがやはりギヤボックスを痛めて戦列を去っていた。」

「その間」というのはジョン・ワトソンのブラバムBT45がギヤボックスを痛め、コース上で修理をしたのだけど、マシンに携帯していた工具以外を使ったのがばれて、厳重注意を受けていた「その間」ということらしいです。車に積んだ工具を使いコース上でギヤボックスを修理することが現実的にあり得た、というのは、やっぱりのんびりした時代ですよねえ。

とりあえずオーストリアGPで優勝したジョーンズのDN8と並べてみます。

ロングビーチGPが4月3日の第4戦、オーストリアGPが8月14日の第12戦。この4か月の間にずいぶんとスリムになっています。

2013年9月5日木曜日

シャドウDN8/リカルド・パトレーゼ/スパーク/1977年


1977年の第17戦、日本GPモデルです。

第6戦のモナコGPでデビューしたリカルド・パトレーゼは、このレースで6位に入。この年、唯一の得点を挙げます。

オートテクニック77年12月号で、さらりと触れられていました。

「新人パトレーゼは後半のタイヤトラブルをだまし,初入賞をやってのけた.」

チームメイトのアラン・ジョーンズの前を走る写真も掲載されていました。キャプションはこんな感じです。

「パトレーゼが兄キ分のジョーンズを従える.結局ジョーンズに先を越されるが,6位に入りF1初ポイント」

ジョーンズは4位に入賞しています。

日本GPが行われたのは10月23日。パトレーゼは2週間後の11月6日に行われた「JAF鈴鹿グランプリ」にもシェブロンB42で参戦。日本GPの勢いを駆って見事、優勝をとげます。

ちなみにこのレースにはケケ・ロズベルグ、ディディエ・ピローニも参戦しています。ラルトRT1にのって参戦しているダニー・サリバンは、85年のインディーチャンピオンのダニー・サリバンなのかな。

いちおうこの年のオーストリアGPで優勝したジョーンズのマシンと並べてみますね。


2013年8月28日水曜日

シャドウ DN8/トム・プライス/1976/スパーク



1976年の第12戦オランダGPモデルです。このレースでデビューしたDN8を駆って、トム・プライスは予選3位を獲得。本戦でも4位に入賞しています。

手元にあるオートスポーツ1976年11-1号にこんな記述がありました。

「シャドウのニュー・マシンDN8のデビューは、混乱のドン底にいるチームにしては、大いに買われるものだった。しかし、予選で3番手を獲得したT.プライスの強引なスタートは、モーター・レーシングの安全を唱える者──つまりは関係者全員──から、強い非難を受けるべきものであったことも事実である。まあ、それはともかくとして、DN8のデビューは、注目をあびるに値するものであった。」

どんなスタートかは記事には書かれていませんが、シーズン途中でロータスに移籍するトニー・サウスゲートが手がけたこのマシンはなかなかのポテンシャルを持っていたようです。実際、このマシンを改良したモデルで参戦した翌年のオーストリアGPで、シャドウはF1初勝利を飾ることになります。

2012年5月22日火曜日

シャドウDN8/アラン・ジョーンズ/1977/スパーク

スパークから出たシャドウDN8。アラン・ジョーンズのドライブで、1977年のオーストリアGPで優勝しています。この勝利はアラン・ジョーンズにとっても、シャドウ・レーシング・カーズにとっても、F1で初めての(シャドウにとっては唯一の)勝利でした。

予選14位からスタートしたジョーンズは徐々に順位を上げ、16周めに2位へ。ただなかなかトップを走るハントとの差は縮まりません。ですが、残りあと11周というところで、ハントのマクラーレンM26がエンジントラブル。ジョーンズはトップに躍り出ます。

オートスポーツ1977年10-15号のレースレポートよりアラン・ジョーンズのコメント。



「前を走っていたハントがリタイアし、自分がトップになったのを知って、正直いってボクはパニックにおちいった。何しろ生まれて初めての経験なのだ。それからあとは、ただエンジンがブローアップしないように、タイヤが外れ落ちないように、と祈りながら走った」


1980年にはシリーズチャンピオンを獲得するジョーンズですが、まだ初々しいですね。

この号では「F1マシン・ヒストリー」という記事でもシャドウDN8を取り上げています。

「オーストリアで勝ったマシンはDN8の改良型である。(中略)DN8改の主な変更点は、オイルクーラーのマウント位置、およびボディのサイド・カウルの形状変更、さらにエンジン・カウルの取り外しである。」「以上の改善により、空気抵抗を著しく減少し、空力的特性も大いに向上した。その結果、走行性能向上に格段の進歩が見られた。」

記事には77年代前半のモデルと優勝したマシンを上下に並べて比較していますが、たしかに、1)オイルクーラーがフロントに移動し、2)サイドのカウルがスッキリしていて、3)エンジン上のカウルがなくなっています。これで空気抵抗が減少し、重量も軽くなったと記事は解説しています。

「その成果がDN8改で、曲がりなりにもF-1サーカスの立役者たる資格を獲得することになった」

ただスパークのミニカーを見ると、記事通り、オイルクーラーはフロントにあり、サイドのカウルも以前よりスッキリしていますが、エンジン上のカウルはついています。オートスポーツの解説記事の写真は、エンジンがむき出しのまま。どういうことだろうと思って、もう一度、オーストリアGPのレースレポートを見ると、そこに載っているDN8の写真は、スパークと同じようにエンジン上にカウルがついていました。

なぜこういうことが起きたか、同じ仕事をしているので思いつくことがないわけではありませんが、インターネットがない時代のことを今からあれこれいうのも ちょっと違うよなと年寄りなので思ったりします。そういえば、新人の頃、上司にファックスがなかった時代のことを語られて「そんなことを言われてもな」と 思ったのを思い出しました。ちなみにその上司は新人時代、コピーがなかった時代のことを語られて同じことを思ったそうです(笑)。

【追記】オートスポーツ1977年5-1号の表紙が改良前のDN8でした。これと今回のミニカーを比べると、「オイルクーラーのマウント位置、およびボディのサイド・カウルの形状変更」はわかりやすいと思います。