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2013年8月29日木曜日

アルファロメオ179/ブルーノ・ジャコメリ/1980/スパーク


 昨年予約したアルファロメオ179です。ドライバーはブルーノ・ジャコメリ。

 1980年のUSイーストGPモデルですね。ジャコメリがはてしなく優勝に近づいたレースです。ジャコメリ曰く「トップを走るのがこれほど容易なこととは信じられなかった」。このレースの詳しい話は、ポリスティルの回に書いているので、特に書くべきことはありません(笑)。


2012年11月4日日曜日

フェラーリ312T5/ジョディ・シェクター/1980/ポリスティル


マテルのフェラーリ312T5を買ったとき、自分のコレクションで312T5は初めてだと思っていたのですが、棚を眺めていたら、すでに1台持っていることに気づきました。

てっきり312T4だと思っていたポリスティルのフェラーリをよく見ると、ナンバーがチャンピオンナンバーの「1」になっています。T4の前年、1978年のチャンピオンチームは、16戦中8勝をあげたロータスですから、これはT4ではありません。フェラーリは1979年にT4でコンストラクターズチャンピオンになっていますので、これは、1980年にジョディ・シェクターが乗ったT5、ということになります。

いやいや、ちょっと待て。

この時代はシーズン序盤、ヨーロッパに上陸するまでは前年のマシンで戦うというチームが多かったのは事実です。この年のフェラーリも序盤戦はT4で参戦していたという可能性があります。ならチャンピオンナンバーのT4がある可能性がある。

そう考えて、『F1全史 1976ー1980』を開いてみました。アルゼンチンGPは第1戦です。リザルト欄を見ると、第1戦からフェラーリは312T5で臨んでいました。

勢いがついてオートスポーツ1980年3-15号も本棚から引っ張り出してみました。以下はアルゼンチンGPのレース・レポート。

「フェラーリは、ニューT5を2台走らせたが、このT5は基本的にT4で、シャーシのコックピット前後をテーパー状に半分近く削り、“ウィング”部分を広げようという意図のシャーシである」

完全なニューマシンかどうかはさておき、第1戦からT5で参戦していたことは間違いないようです。

それにしても「テーパー状」ってなんだろう?

ネットで検索すると「テーパー状」というのは「円錐状に加工した状態」とありました。人生、知らないこと、多いなあ。

マテルのT4とT5を並べてみました。左がT4、右がT5です。


「シャーシのコックピット前後をテーパー状に半分近く削」ったこと、わかりますか?

これがオートスポーツ1980年3-15号です。表紙はアルゼンチンGPを制したアラン・ジョーンズのウィリアムズFW07。1980年はウィリアムズの年でした。

2012年7月11日水曜日

フェラーリ312T5/ジル・ビルヌーブ/1980/マテル


「フェラーリ 312T5 #2 アルゼンチンGP 1980」。312T2、T3、T4と購入してきた、マテルのフェラーリ&ビルヌーブモデルです。

1979年はドライバーズランキングで2位になったビルヌーブ。速さもエースのジョディ・シェクターをしのぎ、いよいよチャンピオンかと期待されて臨んだ1980年ですが、この年のフェラーリは絶不調。シェクターはシーズン途中で引退。ビルヌーブも一度も表彰台に上がれませんでした。

そしてフェラーリはシーズン半ばで312T5をあきらめ、V6の126Cを投入します。つまりこの312T5は、70年代を席巻したフェラーリ水平対向12気筒エンジン時代の最後のマシンというわけですね。

アルゼンチンGPはこの年の第1戦(本戦は1月13日)。オートスポーツ1980年3-15号を見ると、タイヤに悩まされたようです。

「フェラーリとルノーは、このサーキットではいずれもミシュラン・タイヤのハンドリングに悩まされた。クォリファイ・タイヤを使ってさえも悪いのだ。グッドイヤーのほうはわずか3種類のタイヤしか持ち込まず、クォリファイ・タイヤでさえもレース本番に使うことすらできるという。
『改修された路面はどこまでも滑りっぱなしでね。1日めよりはましになったけど、まだよくない』とビルヌーブ。彼は最終セッションで8番目のタイムを出し、金曜日からグリッドをひとつ繰上げた。」


そしてレース本番。

「ビルヌーブ(フェラーリ312T5)もいいスタートを切ったものの第1コーナーで大きく滑って後方に転落した。しかし、後方集団に彼がそれほど長く埋もれたままでいるわけがない。」

「20周が終わった。レースはまだ予断を許さない。ラフィーは4秒のマージンを保ってトップを走り続ける。2番手はピケット。が、ピケットの背後にはビルヌーブが迫り、さらにジョーンズが激しく追い上げて差を詰めてきている。」

30周でラフィーのエンジンがブローアップ。

「リジェが脱落したので2番手はビルヌーブとなり、彼は激しくジョーンズを追いかけ、ミスを誘発させようとプレッシャーをかけつづける。しかし、この作戦はフェラーリに裏目と出た。フェラーリが壊れてしまうのだ。」


というわけで結果は36周でリタイヤ。でも第1戦のレポートを読む限り、このシーズンの惨状は予想できませんね。





2012年5月21日月曜日

マクラーレンM29/アラン・プロスト/1980/ソリド

 

ソリドから出ている「ALAIN PROST COLLECTION」の中の1台。さすがはフランスブランド、という企画ですね。

1980年はプロストがF1にデビューした年。本人の回顧録も載っています。「マクラーレンM29にはいい思い出と後悔が入り交じっている」そうです。

結果を見ると、デビュー戦のアルゼンチンGPで6位、第2戦のブラジルGPでは5位に入賞しているのに、第3戦の南アフリカGPでは予選不通過。第4戦のロングビーチGPには出走していません。南アフリカGPで何があったのか。

以下はオートスポーツ1980年5-1号から。


「マクラーレン・チームは、ここキャラミでは天中殺とでもいうべきほど不運だった。水曜日の公開練習中にアラン・プロストは本番車を台無しにしてしまう。」

「コースを外れてバリアへ激突! モノコック前部にひどいダメージを受け、プロスト自身も左足に裂傷を負った。それでも彼は旧型のスペアカー(オリジナル仕様のM29)に乗り換え、1回目の予選に臨んだ。」

「こんどは“エッセンス”ベンドでリア・サスペンションが壊れてコーナーを飛びだし、再びバリアへ突っ込んだ。」

「車のほうは2回めの予選に備えて修理できたが、プロストの左手首の骨が折れており、決勝レース出場は不可能となってしまったうえ、次のロングビーチのUSウエスト・グランプリの出場もむずかしいようだ。」

「『事故後すごく痛んで、夜にはいって腫れ上がった。左手ではもう何もできない状態ですよ』とプロスト。金曜日にパドックへ現れたときには、左手は固定され、包帯で吊って、見物側にまわった。」

「天中殺」という単語が時代を感じさせますが、なるほど、これでは「いい思い出と後悔が入り交じり」ますね。

結局、1980年のプロストのドライバーズランキングは15位。順位はブラジルGPの5位が最高でした。

2012年5月17日木曜日

アルファロメオ179/?/1980/ポリスティル


アルファロメオ179。1980年のF1マシンです。ポリスティルの1/41モデル。

基本的には、こういう古いミニカーを集めるのが好きです。レースまでしっかり想定して再現している最新のモデルもいいですが、思い切りよくデフォルメしていて、グランプリどころかドライバーだって考えてないんじゃないかというような昔のミニカーも、オモチャらしくていいんじゃないかと。

このアルファロメオはまさにその典型ですね。誰のマシンかわからないのです(笑)。

フロントノーズに描かれているナンバーは22です。これは第8戦のイギリスGPまでならパトリック・デパイユのマシンのナンバーなのですが、デパイユは第9戦の西ドイツGP前のテストラン中に事故死しています。その後、第12戦のイタリアGPではビットリオ・ブランビラが、第14戦のアメリカGPではエリオ・デ・チェザリスが、それぞれナンバー22のマシンに乗っている。つまり、そのどちらかという可能性もあるわけです。

さらに悩ましいのはボディ横には「23」というナンバーが書かれていること。


23だとすると、これはブルーノ・ジャコメリのマシンということになります。

さて、これは誰のマシンなのでしょうか。

1980年のアルファロメオはコンストラクターズランキングで11位。ドライバーズランキングはジャコメリが17位と冴えませんが、最終戦のアメリカGPでは見事予選1位を獲得しています。以下はオートスポーツ1980年12-1号の「USイースト・グランプリ」レポートより。


「今回の予選で驚いたのはB.ジャコメリ(アルファロメオ179)の活躍だった。チーム内では彼の評判はけしてよいものではないといわれているが、彼は心に期するものを秘めてワトキンスグレンにやってきた。1日めにベスト・タイムを出し、2日めも抜群のタイム(昨年のポール・タイムより2秒近くも速い)を出して2番手以下に1秒近くの差をつけた。『すべてが同時にうまくいったのは今回が初めてだ』とブルーノ。いまや彼に望まれるのは、レースでフィニッシュすることである。」

スタートもうまくいきます。

「スタートはジャコメリのものだった。赤と白のマルボロ・カラーに彩られたアルファロメオ179がまずリードを奪う。」

「ジャコメリのアルファロメオは、ソフトなBタイヤをはかせていたのが功を奏し、シケインでも意のままにラインがとれたという。2番手につけるピケットのブラバムは、ややスライド気味で、シケイン出口では大きくはらみ、数周するとトップとの差は3秒と開いていた。ピケットにすれば可能な限りのドライビングをしていたが、それでも離されるいっぽう。ジャコメリが何かミスでもしないかぎり捕まえるのはまず不可能だった。」

「ジャコメリは『トップを走るのがこれほど容易なこととは信じられなかった。ハンドリングは完璧だったし、もっとペースを上げようと思えばそれも可能だった』というほどで、ピットサインでジョーンズの追い上げを知るとペースを上げ、その差を13秒とする。」


しかし、ジャコメリの179は最後まで走りきることはできませんでした。トップを快走中の32週目にエンジントラブルでリタイヤしてしまいます。

結局、ジャコメリはF1では1勝も挙げることなく引退することになります。

2012年5月14日月曜日

リジェJS-15/ジャック・ラフィー/1980/スパーク


スパークのリジェJS-15モデルを手に入れました。1980年、ジャック・ラフィーのドイツGPモデル。当時の表記に合わせるなら「西ドイツ」GPですね。

リジェJS11-15は、1979年に登場したリジェJS11を改良して、1980年に参戦したマシンです。この年のコンストラクターズランキングは、ウイリアムズに続く2位。ドライバーズランキングでもラフィーが4位、ピローニが5位に入っています。

西ドイツGPはラフィーが優勝したレースです。2位は2回、3位も2回ありますが、優勝はこのレースのみ。「成績悪いのにモデル化」というパターンに比べると、正しいプロセスだと思いますね。あ、でも、予選落ちしたマシンもモデル化するというRacing Modelsの取り組みも、それはそれで素晴らしいと思います(笑)

レースレポートが載っているオートスポーツ1980年10-15号を見てみます。


表紙はルノーRE23。表紙にもきちんと「西ドイツ」と表記されています。

表4はフェアレディZです。


雑誌というのは基本的に縦長のものが圧倒的なんですが、その広告を横長に作るというのは、なかなか挑戦的です。

「トップが二転三転、けっきょく最初にチェッカード・フラッグを受けたのは、J.ラフィーだった。やっと待望の一勝をあげたラフィーの幸運というよりもJ-P.ジャブイーユやA.ジョーンズにツキがなかったといえそうだ。」

──これがリード。身も蓋もないというか。

とりあえずポールポジションはアラン・ジョーンズのウイリアムズFW08。だけどレースが始まるとあっさりジャブイーユのルノーRE23に抜かれる。それがエンジン異常でジャブイーユがリタイア。前戦まで3連勝していたジョーンズの4連勝間違いなしというところで、今度はジョーンズのタイヤの空気が抜けて、ラフィーが首位へ。そのまま、優勝というレース展開だったようです。ウィリアムズの隆盛とターボ時代の到来を感じさせますね。


「ラフィーには喜びの表情はなく、シャンペン・シャワーのセレモニーも、レース後の祝賀パーティもなかった。『ここで勝ってもすこしもうれしくないんだ。この1週間というもの、パトリックのことで頭がいっぱいだった』とラフィーは寂しげに語った。」

パトリックとは、前年のチームメイトだったパトリック・デパイユのこと。レース前週、ドイツGPが行われたホッケンハイムでアルファロメオをテスト中にコースアウトして事故死しています。

振り返ってみると、1980年のコンストラクターズランキング1位のウイリアムズと2位のリジェのマシンは、どちらも前年の改良モデルです。そのあたりの考察がオートスポーツ10-1号に載っていました。

「ドイツまでの結果でもわかるように、ウイリアムズFW07BとリジェJS11/15が、かなりの速さを示している。この2車に共通していることは、いずれも’79年タイプの改良型であり、ニューモデルではないということだ。」


「FW07にしろJS11にしろ、その基本デザインがすぐれているということである。とはいえ、とてつもなく秀でたデザイン(ロータス80のように)という意味で、すぐれているのではない。それはこの2車が。現代のサーキット、タイヤ、エンジンそしてドライバーの技術に高い地点で妥協しているということだ。妥協という言葉が適切でないとすれば、バランスしているといってもいいだろう。」


「たとえば、ダウンフォースとドラッグのバランスにしても、FW07BとJS11/15は、ストレートでもじゅうぶん速く、コーナーでもけして遅くないという意味で、実に適切である。」

うーん、わかるような、わからないような(笑)。「高い地点で妥協している」ほうが、「とてつもなく秀でたデザイン」よりも上である、ということなんですかね。だとしたら、後者は何が「秀でている」のか、なんてことも気になってきます。

でも、その例に挙げられているのがロータス80ということは、このくだりは皮肉なんでしょうか。