2012年5月15日火曜日

フェラーリ312T2/ジル・ビルヌーブ/1977/マテル


フェラーリ312T2のミニカーは何台か持っているのですが、基本的にはニキ・ラウダのモデル。これは1977年のカナダGPでジル・ビルヌーブがドライブしたマシンをモデル化したものです。

1977年はビルヌーブがF1にデビューした年です。成績はどうだったのか、ちょっと調べてみました。

第10戦のイギリスGPでマクラーレンからデビューしたビルヌーブは、第16戦のカナダGP、そして最終戦の日本GPに今度はフェラーリから出走しています。イギリスGPが11位、カナダGPが12位、そして日本GPは事故でリタイア。この事故で関係者と観客2名が死亡、6名が重軽傷を負いました。このレースを最後に、1987年までの10年間、日本ではF1グランプリは開かれなくなります。

本棚にあったオートスポーツ1977年12-1号にカナダGPの記事が出ていました。表紙はカナダGPの前のUSグランプリで2度目のワールドチャンピオンに輝いたラウダです。


レース結果を見ると、完走80周のところ、「ドライブシャフト破損」のため、76周でレースを終えたようです。

カナダGPのレポートの中に、ラウダとビルヌーブに関するちょっとしたエピソードが載っていました。

 金曜日の朝、ニキ・ラウダはフェラーリ・チームに対して、正式にこのレースに出場しないと通告、そのあとTVを通じて「私はフェラーリのやり方にうんざりしている。チームはこのレースに3台もエントリーするので、私のマシンはこれまでのような整備を期待できない……」と語り、レースのプロモートの金を受けとって、さっさと帰国してしまった。

この3台目のマシンに乗っていたのが、地元カナダのビルヌーブでした。