2012年6月3日日曜日
ウルフWR1/ジョディ・シェクター/1977/ミニチャンプス
アルゼンチンGPのウィナーです。チーム・ウルフがコンストラクターとしてF1に挑んだ初めてのレース。『F1全史1976-1980』によると「緒戦で優勝した例としては過去にメルセデスベンツ('54年)があるのみだ」そうです。
オーナーはカナダの石油王ウォルター・ウルフ。1976年に資金難に苦しむ「フランク・ウィリアムズ・レーシングカーズ」に共同オーナーという形で参加。チームの実権を握り、翌年、チーム名を「ウォルター・ウルフ・レーシング」と変更してF1に参戦します。
デザイナーは前年のウイリアムズFW05をデザインしたポストレスウェイト。ウイリアムズFW06のときに紹介しましたが、クリス・エモンに「ヤツの頭は雲の上なんだ」と非難されたポストレスウェイトです(笑)。
前年のマシンはエモンいわく「ひどいマシンだ。いや本当にひどい」そうですが、翌年のWR1はいきなり第1戦目で優勝を遂げます。
レース本戦は1月9日に開催されました。2012年は3月18日ですから、昔のF1関係者はずいぶん早くから働いていたんですね。
「シェクターのウルフがデビューを飾る! 荒れ模様の開幕戦,77年は群雄割拠か」
オートテクニック1977年3月号のレースレポートのタイトルです。
「いきなりダッシュしたブラバム加入のジョン・ワトソン,彼を抜き去ったチャンピオンのジェイムズ・ハント,そして終盤先頭に出たカルロス・パーチェ,いずれも相次ぐ交代劇のすえシェクターに勝ちを譲った.53周のこのレース,ウイナーのシェクターは48周から6周しか1位を走らなかった.」
そんなレースだけにジョディ・シェクターにとっても予想外の勝利だった様子。
「“もしレース前に,キミが優勝候補の最右翼だよと言われたとしても,私はとっても信ずる気はなかったし,まったくこんなことになろうとはこれっぽちも考えていなかった”──ジョディ・シェクターのウルフWR1初優勝の弁である.」
実際、緒戦の勝利は「ラッキーだった」という声も多かったようです。しかし77年のコンストラクターズランキングは4位、ドライバーズランキングは2位。6戦のモナコGP、16戦のカナダGPでも優勝とシーズン通して好成績を挙げます。
ちなみにチームから離脱したフランク・ウィリアムズは、新たに「ウィリアムズ・グランプリ・エンジニアリング」を立ち上げマーチ761でF1に挑みますが、この年のポイントはゼロ。テールエンダー脱出は、FW06で挑む1978年シーズンまで持ち越されます。